2011年3月13日日曜日

東北地方太平洋沖地震

2011年3月11日午後2時46分発生。
発生当時、7階建ての建物にいた。揺れで立っていられないのはもちろん、座ってもいられない状態だった。
建物は関東大震災級の地震にも大丈夫とのアナウンスが流れたが壁にはひびが入っていた。
その後も大きな揺れが続き、内部はパニック状態。
外への避難が決定されたが中には大丈夫だろうと残るものがいて全く統制がとれない。
日頃の避難訓練がされているもののいざというときには全くといっていいほど役に立ってない。
防災ヘルメットも配布されなかった。
また、帰宅方向が同じものを集めて、タクシー券を渡され、帰宅指示がでたが、これは、帰宅難民になれという指示も同然だった。
いちど外へでたら、タクシーが捕まらないのは当然! 多くの人が自分の家の方向へ向けて歩いており、自動車であふれかえるのは想像つくが、人であふれかえるのは前代未聞。
都心から郊外の自宅へ歩くと8時間以上もかかるのではないだろうか。
幸い、途中で同僚の70歳の父親が迎えに来てくれ同乗できたので4時間弱の徒歩ですんだがおそらく他の方々は8時間以上の歩きか途中の帰宅難民用の施設で夜を明かしたに違いない。